人間はモテたくて芸術を作った?!という話が面白かった
進化心理学???
普段はあんまり難しい本は読まないのですが、『サピエンス全史』がベストセラーになってから(??? まだ「サピエンス全史」読んでないですが、、、汗)、テレビとかでも人間の進化の話がよく紹介されるのが気になって、たまーに、そういう進化の本に手を出したりします。
『人が自分をだます理由』というタイトルから、最初は自己啓発系の本かと思いましたが、全然違っていました。
サブタイトルには進化心理学とあります。
どんな本か、めちゃくちゃざっくり言うと、
人間は、動物です。だから、本能にしたがって生きています。
しかし、人間は、その本能にしたがって生きていることを、隠すような行動に出ます。いわゆる、ホンネと建前です。
なぜかというと、本能にしたがって生きていることがバレると、損をするからです。
だから、無意識のうちに、そういう本音を隠す行動をするように進化してきました。
それは、個人だけではなく、集団もそうなんです。
しかも、その隠された本能は、進化上、とても合理的な事でもあったからなのです。
というわけで、人間の様々な活動について、
10個のカテゴリー(ボディ・ランゲージ、笑い、会話、消費、芸術、慈善行為、教育、医療、宗教、政治)の、
それぞれ建前ではない、本音の部分を見ていきましょう!
といった感じの内容の本でした。(ざっくりすぎるかな、、、。)
本を読むと、様々なデータが示されていて、もっといろいろ難しいことがたくさん書いてあったのですが、結構難しくて、あんまりわからなかったので、私が理解できたところだけを抽出してまとめたら、こんな感じです。
芸術は、人間だけが創造し、愛でるものじゃなかったの?
さて、中でも、私が、気になるのはやっぱり「芸術」の項目です。
(ボディランゲージと笑いのところも面白かったです。後の項目は私にはちょっと難しかった、、、。)
この本の中の第二部の第十一章の部分です。
私はずっと「芸術」は、人間だけが行うものだと信じていました。
もちろん、「表現欲」は人間の基本的な欲求だから、そういうことを人がずっとやってきているということには、なんか意味があるんだろうと思ってきました。
ただ、表現欲ってどんな風に満たせるかということを考えると、「お腹が空いたから食べる」とか、「眠いから寝る」みたいに単純ではありません。
一つには、表現することで、自分はここにいるよ、自分ってこういう人間だよって示すことで、他人に認められるということで満たされることがあると思います。
でも、「人に認められたい!」ということは、評価の基準は曖昧でわかりにくいし、個人の感性や趣味的な判断に拠るので、とても複雑です。
でも、だからこそ、芸術作品を制作することや、芸術作品を愛でることは、高度な知性を持った人間特有のものであり、芸術こそが、人間を人間たらしめているものだと思っていました。
ところが、
この本では、
鳥が芸術作品を制作しているというのです!
オーストラリアとニューギニアに、ニワシドリ(別名アズマヤドリ)という鳥がいるそうです。
その鳥は、オスが、メスを引き寄せるために、手の込んだ家みたいな構造物を作るのだそうです。
そして、その構造物の、手の込んだこと!!
しかも、それぞれの鳥が、自分の個性で全く違う物を作り上げるそうです。正直、ネットで検索してみたら、いろんな画像が出てきました。私にはとても鳥が作ったものとは思われず、知らずに見せられて、これは、どこかのアウトサイダーアーチストが作ったものと言われたら、きっと疑わないだろうと思います。
この本では、芸術のことを、
機能や実用ではなく、人の目を引き、楽しむことが目的になっているもの
と定義しています。
この、ニワシドリが作る家は、ただ、メスに見せびらかしてモテたいがためだけに作られたものだそうです。
一方、住む家としての機能と実用を備えた巣は、ちゃんと鳥の巣らしく、お椀型の、いわゆる鳥の巣を別に作るのだそうです。
だから、これらの構造物は、ニワシドリによる芸術作品ということになります。
モテるための芸術作品!
ニワシドリのオスは、この、メスに見せるためだけの家を制作し、そして、メスは最大で八羽のオスの芸術作品であるこの家を見た上で、交尾するオスを選ぶのだそうです。
つまり、オスは、印象的な構造物を作れば、メスに選んでもらえ、交尾することができるということです。
その選択基準というのは、
過酷な自然環境の中で、より複雑な構造物を制作できるということ。
しかも、個性あふれる装飾を施すことができるということ。
それは、過酷な自然環境の中でこの構造物を作るための材料を探し、作っている途中に他のオスに壊されてしまうのを防ぐことができる力を持っている事でもあるのです。
それは、つまり、遺伝的に強い個体である指標になるのだそうです。
人間もモテるために芸術を作り始めた
人間を含め、動物の行動は全て、生存と生殖に関わった本能にしたがっているとのこと。
芸術作品を作ったり、それを愛でるというのは、生存以外にそんなことができるという余裕を持っているという証拠であり、それは遺伝的に優れた個体であるということを示す指標になるため、性選択において魅力となるというわけです。
芸術はそもそも自分の生存能力があり余っていることを宣伝するため、また芸術を消費する立場から見れば、他者の生存能力に余裕があるかどうかを推し量るために進化してきた。非機能的なものに時間と労力を注ぐことで、芸術家は事実上「自分は生き残れる自身があるので、時間と労力を無駄にできる」と言っているのだ。
この無駄が大切である。具体的な生存の機能には役立たないことをやってこそ、芸術家は自分の生存力に余力があると宣伝できる。
生きていくのはとても大変なのに、生きていくのに役に立たないものを作りあげる人というのは、それだけ生命力にあふれているということ、だから、生物学的にとても魅力的に感じられるということなんですね。
作品を作らなくても、良しあしを見分けられれば、モテる!?
しかし、芸術作品の評価は、作品の見た目だけではなく、 希少性だったり、オリジナリティだったり、技術の高さなど複合的なものです。
それをふまえ、この本では、「眼識」、つまり作品の質を見極めることができる能力も非常に重要になると言っています。
メスのニワシドリのように、人間は交配相手(とチームメイト)を選ぶ基準のひとつとして芸術を利用している。けれども「よい」芸術と「悪い」芸術を見分ける能力がなければ、適応力も地位も低い芸術家を賛美してしまう危険がある。そこで、メスのニワシドリが自分の眼識を磨くために付近の東屋をすべて見聞きしなければならないのと同じように、人間もまた自分の判断基準を作り、地位の高いものごとを見極めるために、たくさんの芸術を消費する必要がある。
人の生存競争に勝って、命をつなぐために、芸術は大きな役割をはたし、
そして、
芸術を見て、見る目を養うということも、生きていく上でとても重要な役割を果たしてきた
ということなんですね!
まとめ
つまり、芸術作品を制作することと、芸術作品について見る目を養うことが、人間の生命をつなぐ上で、大きな役割を果たし、そのために、人間は太古の昔から芸術活動を続けてきた、ということ。
そうして、その活動は続いていき、進化の過程でどんどんより複雑なものへと発展していったのだなぁということがわかりました。
かなりおおざっぱにまとめ過ぎだとは思うのですが、自分の中では、とても面白い発見だったので、備忘録的にまとめてみました。
たまには、こういう、科学?の本を読むのも、いろいろ勉強になるなぁと思いました。