hitschiの日記

毎日少しずつでも、進化したい!

人の声がこんなに心地がいいとは 

相変わらず、四十肩の痛みが続いていて、寝ても覚めても痛くて、どうにも元気が出ません。

 

整形外科に行ったり、整体に行ったり、いろいろな人に聞いて対処を試みてはいますが、まあ、最終的には、日にち薬なのでしょう。経験者の方にお聞きすると、半年から一年半ぐらいで痛みはなくなるみたいなのですが、この痛み、少なくともあと数ヶ月は続くのかと思うと、やっぱり気持ちは上がらないです。

 

そんな中で、最近、すっかりはまっているのが、オーディブルで本を聞くことです。

 

小説を読むと、頭の中だけでもこの「痛い」現実から離れられて癒されます。

 

読書は、本当は紙の本で読むのが一番好きです。でも、去年からリモートの活動が増えたせいか、急に老眼が進んでしまい、乱視がひどくなりました。夜とか、疲れていたり、元気がなかったりする時には、リーディング眼鏡をかけても、文字が二重に見えて、読むのに結構エネルギーがいるようになりました。

 

それで、耳で聞く読書をするようになったんです。

 

これまでも、じっくり本を読む時間がないときは、Kindleで本を購入して、読み上げ機能を使って本を聞くということを、時々やっていました。

 

Kindle Fireの端末だと読み上げ機能があるし、iPhoneAndroidでも、読み上げを設定することができます。いずれも、機械的な声でたんたんと読み上げられるのを聞くのですが、最近はかなり聞きやすくなってきました。なかでも、一番聞きやすかったのは、Androidスマホトークバック機能です。

 

時々、読み間違いなどもあって、「え? 今、なんて言ったの?」ということもあるんですが、まあ、聞いていて中身がわからないっていうほどでもないし、結構使えます。

移動しながら、あるいは、家事など何か手を動かしながらでも本を聞くことができるので重宝していました。

 

だから、オーディブルという、人が朗読したものを録音された本を購入できるものがあるというのは知っていても、Kindleの読み上げで十分じゃん、とずっと思っていたんです。

 

というのも、オーディブルは、朗読の作業と手間が入っている分、お値段が通常の書籍を買うよりもかなり高額だと感じていたからです。

 

ところが、今年の夏、わたしが大好きな作家の川上未映子さんの新刊が、オーディブル専用の小説として発行されたんです!

 

しかも、この小説、オーディブル専用の小説とのことで、紙の書籍の発売がないのです(もしかしたら、将来発売されるかもしれないですが)。新刊が出るたびに川上未映子さんの本を追っかけてきた私としては、オーディブルでしか発売されないのであれば、もはや、オーディブルに挑戦するしかありません!

 

 

 

これが、本当に、とてもよかったんです!

 

本を読むたびに、感想を投稿しているTwitter (読書メーター)の私の感想は以下のとおり。

 

 

一人称で語られる小説を、朗読しているのが、女優さんということがよかったのかもしれません。小説を読んでいるのではなく、登場人物が自分の手記を読んでいるかのようで、一人芝居の演劇を見ているような感覚でぐっとひきこまれました。

 

なんというか、読書を超えた読書体験だったんです!

 

ある意味、朗読劇を見ているような、頭の中に演劇が展開されるような感じです。ただ、本を読んでいるということ以上の楽しさがあります。

 

収録されていた6つの短編もいずれも素晴らしいものだったということもあります。いずれもコロナ禍がはじまった去年の春の時期を舞台にした物語。特にわたしのお気に入りは、二番目の「あなたの鼻がもう少し高ければ」と六番目の「娘について」です。

 

「あなたの鼻がもう少し高ければ」では、この社会で女性として生きていく以上、容姿のよしあしについては敏感にならざるを得ない、私たちの容姿にまつわる感受性について、かなりあからさまに描き出されます。

 

私たち自身、人間は中身が大事といいつつも、実際のところ、容姿によってを判断してしまっています。だから、整形によって、自分に価値を付け加えようと試みようとする人がいて当然です。しかし、整形によって容姿に価値を与えるということも、それほど簡単なことではなく、そこにはまた元々の顔の造形に手を加える際の、美的センスのようなものが必要で、それがうまくできた人とそうでない人の間には、やっぱり容姿のヒエラルキーが形成され続けます。

 

生きていくって、さまざまな過酷な現実の中に晒されながらも、私たちが在るってことなんだなあとつくづく思います。小説は、そういう現実のある部分をクローズアップして見せてくれて、自分も、その中の一人であることに改めて気づかせてくれます。

 

それは、自分が目の前のつらいことに過集中してしまっている状態から、視野を広げてくれることにもつながります。だから、辛い時に読むと癒されるような気持ちになるんだと思います。

 

「娘について」では、母娘の関係に女友達のリアルな感覚、主人公の感情のゆれが手にとるように感じられて、聴きながら緊張しっぱなしでした。まるで、自分に起こった出来事のように体験したように、読み終えた時はすっかり脱力。

 

というわけで、すっかりオーディブルがお気に入りになって、どんどんオーディブルで小説作品を聞いています。

 

最近読んだわたしのお気に入りは、以下の二つ。

 

村田沙耶香さんの『コンビニ人間

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これは、以前、本で読んだときから、大好きでした。本もあるし、オーディブルでわざわざ聞く必要はないかなって思っていたんです。ところが、オーディブルでものすごい数のレビューがついていて、どうにも気になりました。それで、試聴してみたら、大久保佳代子さんの声がなんとも心地よくて、即購入。コンビニ人間としての主人公のたんたんとした様子が、なんともしっくりきてすっかりお気に入りになりました。

 

あと、吉田修一さんの『国宝』、これも、めちゃめちゃよかったです!

歌舞伎役者の物語なのですが、実際に歌舞伎役者のスターの方が朗読されているので、歌舞伎役者さんの生きる世界の中に入ってしまったようでした。この本を聴いている時は、他のことが全く手につかなくなり、三日間ほど、ひたすら聴いていました。知らない歌舞伎の演目でも、実際に舞台を見ているような圧倒的な感覚、小説に出て来た演目、実際に見てみたいなあと思いました!

 

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子どもの頃、私は、親に「本を読んで、読んで」としつこくねだる子どもだったらしいです。あまりに同じ本を何度も何度も読まされることにうんざりした母は、ある日、ついに読み聞かせが嫌になって、カセットテープに吹き込み、わたしは、テープレコーダーで、母の朗読を聞きながら本のページをめくって聞いていました。それから四十数年経って、私は再び本を聴いています。

 

人の声の朗読を聴くのは、心地がいいです。聴いていると、いつの間にか寝ていることもあります。でも、そういう時はなんともいえない至福な時間に感じられます。

 

 

小説を読んでいて、先がどうしても気になってしまうときには、わたしはこっそり先を読んでしまうし、Kindleの読み上げ機能を使っていた時は、話の筋が気になる時はどんどんスピードを上げて聴きます。でも、なぜかオーディブルで本を聴いていると、スピードを上げたいと思えないのです。読む人の息遣いに合わせて、じっと聴いています。先が気になる時は、登場人物の感情とともに、ときに手に汗握ってぎゅっと体を硬くしていたり、涙を流したりしながら、ひたすらじっと聴いています。

 

私の癒しの時間です。

 

 

ただいま再生中

このところ、いまいち調子が悪いです。

 

元気に生きてはいるのだけど、なんとなく、不調。

 

あれもこれもやらなきゃと焦ったり、かと思えば、まったくやる気の出ないうつっぽい感じが、交互におそってくる感じで、とにかく、感情がめまぐるしくなりがち。

 

主な原因はたぶん二つ。

 

ひとつは睡眠不足。そしてやっぱり更年期もあるのかな。更年期が原因で、時々おそってくる胸の動悸に合わせて感情がつられる感じもあります。

 

睡眠不足の原因は、四十肩です。

数ヶ月前から、ちょっとした時に、肩に激痛がはしるようになって、気がつくと慢性的な痛みに発展していました。整形外科に行ったら、四十肩とのこと。医学的には四十肩とは言わないらしいですが、まあ、立派な四十肩です。

 

年齢的に、誰にでも起こることなんでしょうが、これ、本当につらいです。

 

ちょっとした瞬間に手をあげた時、着替えをしようとした時、ごはんを作っていて、棚の中からお皿を出そうとするとき、

 

体に高圧電流が走ったみたいに、ビクーンと痛みます。

 

肩の骨と筋肉とが、全部くっついて固まってしまったみたいに、腕があがらないばかりか、まわりの首や背中の筋肉も固まってしまって、あちこち痛いです。

 

一番つらいのは寝ている時。うっかり寝返りをしようものなら、ズキューンと痛みが走り、目が覚めてしまいます。

 

とはいえ、寝返りをしないで寝ることがどうにも不可能なのですよ。

 

おかげでなんとなく睡眠不足が続いています。

 

つらい〜!

 

ただ、四十肩は一生続くものではないようです。

時間はかかるみたいですが、一応、治るものらしいです。

 

レントゲンを撮ってもらったら、肩のところが、骨に沿って、輪郭線が描かれているように白くなっていて、肩の先はとがった形になっていました。

 

どうやら、白くなっているところが炎症を起こしているらしいです。

 

骨は、髪の毛が生え変わるみたいに、常に、破壊と再生を繰り返しているのだそう。

 

つまり、骨に炎症を起こしても、私の肩関節の骨は再生するらしいです。でも、再生するまで痛みは続くとのこと。

 

四十肩になって、ちょっとがっくりきたけれど、人生の折り返し地点で、わたしの体は次の段階に向かって、いろいろ作り直しているのだと思うことにしました。

 

更年期も次の段階に向かう移行の時期ですしね。

 

思春期の頃、急に背がぐいーんと伸びて、自分の体がどんどん丸みを帯びてきて、生理がはじまって、急に大人扱いされるようになって、わけもわからず、イライラしていました。今は逆に女性ホルモンが減っていて、量としてはおんなじぐらいの変化のはずなので、あの時と同じぐらい、体にいろいろ変化が起こって当然なのだと思います。

 

更年期を乗り越えた女性たち、元気な人が多いですよね。わたしも、この時期を乗り越えて再生したら、また新しい人生の境地が開いていく気がします。

 

とりあえず、ストレッチやります。

「イテテテ」と、痛みと戦いながら、肩甲骨をストレッチして、少しずつ可動域を広げていくように言われました。

 

というわけで、ストレッチポール買いました!

明日届く予定です!

 

 

 

 

 

タイムカプセル

先週の大雨の際、私が住んでいる地域でも避難指示が出ました。

 

緊急お知らせを知らせるアラームが、何度も鳴り響き、緊迫した気持ちで過ごしました。

 

ニュースでも、災害の危険について事前予告で大きく取り上げられていたこともあり、万が一の時のために、夫と避難場所を確認して、避難グッズも準備することにしました。

 

といっても、実は、普段から、昔使っていた大きなリュックサックに、防災グッズは準備していました。

 

でも、このリュックサックを作ったのは、10年くらい前のこと。

それ以来、中身の入れ替えは全くしていません。

 

この10年の間に、4回引っ越しをしましたが、その際も中身をチェックすることなく防災グッズとして、リュックは移動させただけでした。

 

一体何を入れたんだっけ?

ふと、そう思って、改めて中身を確認してみました。

 

中に入っていたのは、懐中電灯にラジオに電池、チャッカマン、軍手、それから携帯用トイレに防寒用のアルミ毛布にホッカイロ、ビニール袋、生理用品に下着、水のいらないシャンプーにガムなど

 

それなりにちゃんと防災グッズは入っていました。

防災グッズ調べて準備したんだね!10年前の私、エライ!

 

ただし、10年も放置していると、色々、劣化も進んでおりました。

 

ホッカイロは一部固まってしまっていたし、電池は何か液ダレしていて、パッケージも開けていない新品の状態だったけど、使用するのはちょっと危険な感じ。

10年前のガムなんて恐ろしくてとても口に入れられない(キャー!)

 

こういうものは、放置しっぱなしではなく、時々、見直していかないとダメなのだなぁと反省しました。

 

そして、これはちょっと・・・

とショックを受けたのが、私が10年前に使っていた下着。

 

今の私の体型には明らかに合わないサイズのものが入っていました。

 

10年前といえば、今から10キロ近く痩せていたもんなぁ・・・(汗)

(ダイエットは継続中だけど)

 

でも、10年前の私に出会えたタイムカプセルと考えれば、ちょっと感慨深いかな。

 

10年前の私が今の私を見てガッカリしないように、頑張らなきゃなぁと思いました!

 

 

 

 

 

ワクチン2回目接種後の副反応を経験して、なんか人生を制覇したような気持ちになった!

つい先日、モデルナワクチンの2回目接種を受けました。6月に、近所の会社から職域接種をされるというお知らせを受けました。ぜひ、近隣住民もどうぞとのこと、夫と二人で申し込みをいたしました。

 

7月に1回目に受けた後の副反応は、ほぼインフルエンザのワクチンを打った時と同じような感じでした。午前中に接種した後、夕方ぐらいから倦怠感が出てきて、夜に微熱が出た程度。しかも、翌日の夜か翌々日にはすっかりよくなっていました。

 

というわけで、私も夫も、2回目の副反応も、そんな大したことはないだろうと思っていました。

 

ただ、ワクチンの注意事項の紙には、2回目の副反応は1回目よりも強く出る場合が多いと書いてあったので、少しは心構えをしてはおりました。

 

熱が出た時には、市販の解熱剤を飲んで様子をみるようにとのことだったので、万が一に備えて解熱剤も準備しました。

 

www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp

 

もう、これで準備万端!

ワクチンを打てば、コロナにかかる確率も随分減るはず!

 

意気揚々と、夫と二人でワクチン2回目接種してきました。

 

そして、その日の夕方、早速、倦怠感がおそってきました。

 

「お、きたきた。」

「きたねぇ。」

 

私も夫も倦怠感は1回目で経験済みです。

「まあ、慣れたものよ。こんなことが起こることぐらいわかっていたよねぇ。」

と、この時の私たちは、余裕綽々。

 

そのうち、私の方が、少し悪寒がしてきました。

一応、体温を測ってみたら、37度1分。微熱です。

 

「いよいよ来たみたい。」

「お、きたねぇ。」

 

この段階で、私は早々と解熱剤を飲みました。痛いとか、辛いとか、そういうのは、苦手なのです。どうせ私の体は本物のコロナウィルスと闘っている訳じゃないし、ワクチン接種の時の問診でお医者さんも「熱が出たら、市販の解熱剤飲んでいいですから!」と仰っていたので、躊躇せずに服薬。

 

それから2時間ほどすると、頭痛もしてきました。夫もなんだか赤い顔をしています。

 

「熱を測ってみたら?」と提案するも、夫は、「俺は自己免疫で耐えるから薬も飲まない」と言って拒否。しかしながら、そのうち、しんどくなってきたのか、「やっぱ、熱測ってみるわ。」と測ってみたら37度5分。

 

「薬飲んだら?」

「うん、まだ大丈夫。」

「本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫。」

 

そうして、私たちは、その日は、通常通り入浴をして就寝。入浴も問題ないと言われていたからです。でも、その後大変なことになるとは、想像もつきませんでした。

 

わりとぐっすりと寝ていた私は、いきなり部屋の電気が煌々と明るく灯されたことで目を覚ましました。横で寝ている夫が電気をつけたようでした。なんだか苦しそうです。

 

「どうしたの?」

「眠れない。頭痛い。」

そう言って、身動きするのがいかにも億劫という感じで、ゆっくりもっさあと寝返りをうったかと思うと、丸く縮こまった姿勢でぎゅうっと動かなくなりました。頭に手を当ててみると私より熱い。

 

「熱測ってみたら?」

「うん。」

 

夫は大人しく熱を測りました。

そして、体温が測れた印のアラームが鳴って、体温計を確認。

すると、おののいた表情で私に体温計を見せました。

 

「え?え!えーーーーーーー!ちょっと待って!」

夫が差し出した体温計には「39度9分」と出ていました。

 

再度、夫の頭を触ると、確かに熱い。熱っぽい私よりもはるかに熱い。

 

でも、体温計の最高値っておかしくない?

 

もしかしたら、体温計が壊れたのかなと思って、私は自分の体温を測ってみました。

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ

37度9分。

 

確かに、私も、風邪ひいて熱出しているみたいに、体中の節々が痛くて、怠い感じでしたから、体温計に異常はないみたい。

 

とにかく、夫の体温を下げなければ!

 

すぐに、夫に解熱剤とお茶を飲ませて、冷凍庫に入れていた保冷剤で首を冷やしました。

 

結局、私たちはそれから2日間ほど熱と頭や体中の節々の痛みに苦しめられました。いやー、ワクチンといえどもコロナ恐るべしです。

 

熱が出ていた間は食欲もすっかり減退。とにかく一生懸命、水分だけは補給しました。

 

流石に3日目4日目あたりには、徐々に起き上がれるようになって、1週間経った今は、もうすっかり元気です。きっと抗体もいっぱいできているだろうと期待しています。

 

コロナ禍の中、感染対策のおかげで、ここ2年ほど風邪も全くひいていなかったので、久しぶりの発熱にすっかり消耗しました。でも、これでコロナに罹って、周りに広めてしまうリスクを抑えられるようになったのなら、ちょっと嬉しい。

 

とにかく、久しぶりにめちゃめちゃ闘った感じがしています。

 

夫の方は、ワクチンですっかりコロナに懲りたみたいです。

ワクチン接種する以前よりもはるかに厳しく感染対策に取り組むようになりました。

 

とりあえず、ワクチン、乗り越えました!

それが、とにかく嬉しいです!

 

私たちが購入したのは、アセトアミノフェン系のお薬です。私の方が夫より熱が上がらなかったのは、早めにお薬を飲んだせいなのかなと思いましたが、どうなんだろう。あんまり関係ないのかな。

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子どもの頃の夢って何だった? やっぱり、まわりの環境も大きく影響するよねぇ。

オリンピックが始まってから、毎日テレビに釘付けになっています。

外は暑いし、ステイホームだし、まあ、ちょうどいい具合です。

 

毎日色々な選手たちの活躍ぶりがテレビで放映されていますが、改めて見ると、選手のみなさんは若い方々ばかり、昔は同年代の選手の方も多かったですが、気がつけば、着実に年月が経っていて、いつの間にか、自分が選手の親世代になっているのでした。

 

もし、わたしに自分の子どもがいて、オリンピックに出ていたら感動するだろうなぁという想定で見ると、汗をふりしぼって頑張っている選手を見るだけで、めっちゃ泣けます!

 

ふと、将来の夢にオリンピックに出場するという夢って、どうやって持つのかなと思いました。

 

私は、子どもの頃から、ものすごく運動神経が悪かったので、オリンピックの選手になるなど、畏れ多すぎて想像すらできません。

 

やはり、才能のある人は、競技を始めた時に、

「もう、これだ!俺にはこれしかない!」

みたいな、いわゆるビビッとくるものがあるんでしょうか?

 

あるいは、親とか、親戚とか、近所の人とか、まわりにオリンピック選手がいて、「かっこいー!」って思ったんでしょうか?

 

何となく、その両方なんだろうなぁという気がします。特にまわりにロールモデルがいるというのが重要なのではないでしょうか。

 

オリンピックの特集の番組を見ていると、卓球の伊藤美誠選手も両親が卓球選手だったという話や、スケートボードの堀米雄斗選手も父親がスケートボードをやっていたという話が出てくるからです。

 

やっぱり、幼いうちの身近なロールモデルの存在って、ある程度の年齢までは、人の成長に大きな役割を果たすのだろうなぁと思った次第です。

 

お父さんみたいになりたい!と思った従姉妹の子ども

そういえば、つい最近ですが、久しぶりに叔母と電話で話したことを思い出しました。

 

叔母の孫、つまり私の従姉妹の子どもが、この春小学校を卒業して中学校に入学したとのこと。ついこの間まで甘えん坊だった男の子です。子どもの成長はつくづく早いなぁと驚きます。

 

 その彼が、小学校最後の記念に「将来の夢」をテーマに作文を書くことになって

 「将来、僕もお父さんのようにサラリーマンになりたい」

と書いたそうです。

 

叔母は、「夢がないと言えばそうなんだけど・・・」と言いながら、嬉しそうでした。

 

私も、とても素敵なことだと思います。子どもが親のことを信頼している証拠ですもんね!

 

彼の父親も、ずいぶんと喜んでいたそうです。

 

父親をロールモデルとして見ることで、大人になったらどんな風に生きていけばいいのだろうというぼんやりとしたイメージがつかめると、子どもはその時は、それに向かって頑張ろうと思えるのかな。

 

でも、今のように社会の変化が激しいと、子どもが大人になった時の社会はきっと今とずいぶん違うだろうから、そのまま親のロールモデルを持ち続けるわけにもいかないのかもしれないなぁとも思います。

 

まあ、どちらにせよ、いつの世も、子どもはいつか親ばなれをして成長していくものだから、自分で選んだロールモデルから離れて、それぞれの道を歩んでいくものなんでしょうね。

 

お母さんみたいになりたい!母をロールモデルにしたかったのに、それはダメだと言われて・・・。

ところで、私も小学校3年生の時に、「将来の夢」についての作文を書いたことがあります。当時、タイムカプセルに入れたのですが、二十年後に掘り起こされて、実家に送り届けられました。

 

ちょっと、恥ずかしいですが、私は、

「将来、キュリー夫人みたいに化学者になって、ノーベル賞を取りたい」

と、ずいぶん大それたことを書いておりました。

 

まわりにロールモデルがいたわけでもないのに、こんな大きなことを書いたのには訳があります。

 

最初は、私も、母や祖母という身近な存在に、同性のロールモデルを見て、

「お母さんのように幼稚園の先生になりたい。それがダメなら子どもを持ってお母さんになりたい。」

と書いていました。

 

母が、結婚前は幼稚園の先生だったという話を聞いていたからです。

 

ところが、家に帰ってきて、作文の話を始めた途端、母は、自分が結婚前に就いていた職業を辞めたことをすごく悔いていると話を始めました。そして、たまたま家にきていた祖母も、わたしに、女でも手に職をつけなきゃダメだと言い始めました。

 

いつの間にか私の作文から、話がすっかり変わって、これからの時代を生きる女性は、絶対に私たちのようになってはいけない。女でも手に職を持って自立しなければならない、だから女の子でも、学校でしっかり勉強して、資格を取るなどして自立して働いていかなければならない、そうしないと、すごく惨めなことになる、と言われました。

 

それを聞いて私は、てっきり、自分の作文の内容、つまり、母や祖母をロールモデルにして書くことはダメだと、言われたのだと思いました。しかも、「すごく惨めなことになる」って、一体、どういうことだろうと、とても恐怖に思いました。

 

よくわからないけれど、とにかくもう、作文に母や祖母のようになりたいと書くわけにはいかない、どうしよう・・・。

 

私は、将来の夢について書くのに相当悩みました。なぜなら、他に知っている大人の女の人で仕事をしている人は、幼稚園の先生や学校の先生、あるいはピアノの先生ぐらいしかいなかったんです。

 

当時の考え方において、女の子で手に職を持つということの選択肢の中では、やはり学校の先生になるというのが王道の一つだったのでしょう。祖母は、悩んでいる私に「ひーちゃんは学校の先生になるのがいいよ」と言いました。

 

ところが、せっかくの祖母のアドバイスでしたが、私はそれを将来の夢として書くのは、すごく嫌だなと思いました。多分、当時の担任の先生のことがそれほど好きじゃなかったからだと思います。

 

そこで、悩みに悩んだ私が、思いついたのは、世界の偉人の本から何かヒントが得られないだろうかということでした。

 

早速、学校の図書館で本を探しました。

 

 図書室には様々な偉人についての伝記やマンガがありました。ところが、偉人伝で取り上げられているのはほとんど男性ばかり。

 

それでも、なんとか見つけた女性の偉人伝は、ナイチンゲールヘレン・ケラーキュリー夫人

 

他にも女性の偉人について書かれた本はあったのかもしれませんが、その時の私は、たまたま図書館で見つけた、この3人からロールモデルを見つけるしかないと思いました。

 

しかし、注射が大嫌いな私にとっては、ナイチンゲールは絶対にモデルにできません。そして、ヘレン・ケラーは、どうやって自分のモデルにしてよいかわかりませんでした。そこで、私は、残ったキュリー夫人を選んだのです。

 

今となっては、ちょっぴり恥ずかしい思い出ですが、子どもなりに一生懸命考えていたことがちょっと愛おしいとも思える思い出です。

 

じいちゃんみたいになりたい!祖父をロールモデルにしたうちの弟

さて、私には5歳年下の弟がいるのですが、うちの弟も小学校の時に「将来の夢」という作文を書いていました。私はきっとこのことを忘れることはないと思います。なぜなら、あまりに衝撃の内容だったからです。

  

うちの弟は、

「しょうらいのゆめは、じいちゃんみたいにていねんたいしょくをすること。」

 しかも、

「なるべくはやくていねんたいしょくしたい。」

 と書いていました。

 

当時、私は小学校の高学年。私に宿題を見て欲しいと、低学年の弟が持ってきたその作文の内容を見てかなりショックを受けました。

 

だって、将来の夢って、なりたい職業を書くものですよね。

でも、「定年退職」って、職業じゃないじゃん!

 

当時、私は、弟にこの作文は絶対に提出してはダメだと言って、弟と大ゲンカしました。

 

しかし、弟が祖父をロールモデルにしたのは、当時の弟の立場にしてみたら、自然なことだったのだろうなぁと、今なら思います。

 

父親は一緒に住んでいたのですが、子どもにしてみたら触れる機会があまりありませんでした。バブル期に働き盛りだった私たちの父親世代は、家庭の中の存在が薄かったからです。当時はそれが普通だったと思います。

 

一方、祖父は常に私たちのそばにいました。一緒に住んでいたわけではないのですが、当時、母も祖母も働いていたため、定年退職後の祖父が私たち孫の面倒を見るために、家に通ってきていたのです。

 

だから、私たちが学校から帰ってくる頃に家で待っていてくれるのは祖父でした。祖父は昼過ぎにうちに来て、夜に祖母が車で迎えに来て家に帰って行きます。

 

祖父は、いつも台所のダイニングテーブルに手をついて、タバコを吸いながら、謡の本を広げて、テレビを見ていました。そんな祖父の横で、私と弟は宿題をして、祖父と将棋をさしたり、花札をしたり、一緒に相撲中継を見たり、野球中継をラジオで聞いたりしていました。

 

おかげで、私も弟も、ちょっとじじくさい趣味を持った子どもだったかもしれません。大正生まれの祖父の方も、昔の人なので、台所仕事などできる筈もなかったと思うのですが、昭和生まれの私たちのリクエストに応えようと奮起して、おやつに真っ黒なホットケーキを作ってくれたり、プリンやフルーチェを作ってくれたりもしました。

 

クラブ活動があった私よりずっと早く学校から帰ってくる弟にとっては、一緒に過ごす時間の多い祖父が自然と、大人の男性として生きるロールモデルとなったのだと思います。もしかしたら、「定年退職」という言葉の意味もよくわからずに、とりあえず「じーちゃんはていねんたいしょくしているらしい。だから、そう書いておこう」と思ったのかもしれません。

 

 さて、そんなうちの弟は、今や、将来の「定年退職」を目指して(?)サラリーマンとして一生懸命働きながら、今は育休をとって双子の女の子のお父さんとして奮闘中です。

 

姪っ子たちに買ってあげたいなと、洋服やおもちゃなどを見ていると、最近は、ジェンダー意識を子どものうちに植え付けることのないようにと、様々な工夫がされているものも多いです。そういうのを見ていると、これからの子どもたちは昔みたいに男女それぞれのロールモデルを見ようとしなくてもよくなるのかもしれないなぁと思います。

 

そして、私も、まだまだ人生の途上なので、今さら物理学や化学を学んでキュリー夫人を目指すということはないにしても、まだまだ夢を持っていきたいなぁと考えている今日この頃です。

 

 

今年こそ、ダイエット!

昨年、このブログでダイエット宣言をしたにもかかわらず、全くできていませんでした。

 

ここでダイエットすると宣言したのに、全く出来ていなかったんです。それどころか、更年期だから仕方ないし、どうせ太るのは遺伝だし、まあいいかとなってしまっていて、順調に体脂肪は成長してしまいました。

 

しかも、ダイエット宣言してしまったことが後ろめたくて、自分のブログを見ることすら避ける始末。更新する気持ちも起きず、このブログも抹消してしまおうかななんて思うぐらいでした。

 

ところが、このところ、すっかり気が変わって、再挑戦してみようとやる気になっています。

 

カフェイン断ちが成功して、調子に乗っているのかも!

 

ラララララ〜♪

 

実はここ2週間ほど、毎日YouTubeの動画を見ながらダンスの有酸素運動をやっています。

 


www.youtube.com


www.youtube.com

 

この、まりなさんの動画、楽しいです。

 

運動オンチの私ですが、テンポがズレたり、動きが変わってついていけなくなりながらも、楽しく続けられています。

この春から、ヨガ教室や近くのスポーツジムなどにも体験に行ったりしていたのですが、最初は頑張ろうって思うのですが、すぐに億劫になってしまって3回も続かず・・・だったのですが、この動画を知って、おうちでやれる手軽さからか、気が向いた時にやっています。

 

なんと、もう3週間も続けています!

自分でも驚きです!

 

結構キツイ運動もあって、タイトルに「地獄の◯分!」とかあるのですが、うわー、キツそう!と思いながらも、なぜかやりたくなって続けています。

 

一つ一つが短く、ちょっとやっただけで達成感が得られるからかな。

 

それと、おうちで手軽に、場所も取らずにできるというのはやっぱり大きいかも。スポーツクラブに行くとなれば、近くなら着替えて行けるけれど、遠いと着替えやタオルに運動靴とちょっとした旅行に行くぐらいの荷物になってしまって、準備も片付けも面倒です。

 

あとは、とにかく動きが簡単です。私でもできるものばかりです。

以前、スポーツクラブでズンバに通っていましたが、できないステップが出てくると、「あー、やっぱり私は、運動音痴なんだな。」とちょっと落ち込んでいました。また、忙しくて行けなかった時に新しい振り付けが披露され、次に行った時に、全然動きが分からなくてみんなのノリに入れず、疎外感を感じて、ついつい足が遠のいてしまうといったこともありました。

でも、こちらの動画では「下手くそでも大丈夫」、「誰もみていないし、思いきり動けばいいよ」と、温かい言葉をかけてもらえるのがちょっと嬉しいです。

 
加えて、途中に「自分すごい!」とか「みんなすごい!」とか、様々なポジティブワードがテロップで出てきます。辛い運動のところで、ヘトヘトになってボロボロになってくるあたりで「召されてしまいそうです!」(笑)と、表現も面白いです。

 

あと、これもグッときました。「辛いのは脂肪が燃えているから」

もう、無理だ・・・そんな、ヘタリそうな絶妙なタイミングでこう言われたら、グゥゥゥって頑張れてしまいます。


何より、ダンスを見せてくれるまりなさんが、美しい。ニッコニコのお顔で、「おつかれさまです!」と言ってくれます。

それだけでちょっと気分が上がります。


おかげで、今のところ毎日30分ほど楽しく運動が続けられています。

 

残念ながら、現時点では、まだ体重は全く減っていません(笑)

 

でも、昨日体重計のデータをスマホに移動してよく見てみたら、なんと!体脂肪が1.2パーセント減って、判定も「肥満」から「軽肥満」になっていました!

 

やったー!

 

ほんの少しだけど、効果が出てくると嬉しいですね。

やる気が出ます。

 

今年こそはダイエットに成功したいです!目指すは体重計の「標準」判定!

 

もし、今年、ダイエット頑張ろうって思っている方がいらっしゃったら、ぜひ一緒に頑張りましょう〜!

 

 

カフェイン断ちをしました!

このところ、かれこれ1ヶ月近くカフェイン断ちをしています。

 

大好きなコーヒーを飲まなくなっただけではなく、緑茶も、烏龍茶も、紅茶も飲んでいません。加えて、チョコレートも食べていません。

 

もしかしたらカフェイン依存症かも、と心配になったのは6月に入った頃でした。

 

その日私は、たまたま朝食にコーヒーを飲まずに、用事があったので電車で出かけました。気温も上がって湿気も高い日だったせいか、朝から何となく体調がすぐれませんでした。元々、夏の暑さに弱いので、6月半ばから7月末ぐらいにかけて、暑さに体が慣れるまで体調が悪いのは毎年のことです。

 

ああ、今年も、この季節が来たかと、頭痛があってもそれほど気にしていなかったのです。

 

しかし、その日は時間が経つにつれて頭痛が酷くなっていきました。頭痛を抱えながらなんとか用事を済ませて、帰路につきました。

 

そして、その帰り道、乗り換えの駅でのこと。

 

電車の乗り継ぎのためにホームの階段を上がったところに、カフェがありました。私は早く帰りたかったので、そのカフェに入ることは微塵も考えていなかった筈でした。

 

ところが、気がつけば、私は喫茶店に入って、目の前にあるチョコレートケーキとコーヒーをガツガツ、ゴクゴクと、まるで何かに追い立てられているかのように、口に入れていました。

 

一気に食べて、コーヒーも飲み干したところ、喫茶店に入る直前までズキンズキンと頭に響き続けていた頭痛がすっかりなくなっていることに気づきました。

 

あれ?私、頭痛くない。

 

驚きました。あまりに劇的に頭痛が改善して、気持ちがスッキリしたのです。途端に嬉しくなりました。でも、同時に、何でだろう?という疑問も湧いてきました。

 

そして、ふと、気づいたのです。

あれ、もしかしてコーヒー?

 

どこかで誰かがカフェイン断ちの話をしていたことに思い当たり、カフェインの禁断症状について調べてみました。

 

www.e-heartclinic.com

 

ここに、カフェイン離脱について書いてあります。

 

頭痛、著しい疲労感、眠気、不快気分、抑うつ気分、集中困難。私が感じていた症状はまさにカフェイン離脱のように思われました。

 

カフェインを取れば、離脱症状は落ち着くとはいえ、カフェインに依存していると不便です。このままカフェイン依存を抱えているのは嫌だなと思いました。

 

それでカフェイン絶ちを決心したのです。

 

そもそも、私はいつから依存症になったんだろう?

 

コーヒーはずっと好きでした。コーヒーの匂いを嗅ぐとリラックスして、優雅な気持ちになります。ほろ苦いけれどフルーティーなテイストを感じるものを特に好んでいました。

 

美味しいコーヒーを求めて、夫と二人で喫茶店巡りをしたり、色んなブレンドのコーヒー豆を試したりしていました。でも、カフェインに強くない体質であることは自覚していたので、1日に1杯程度しか飲んでいませんでした。多くても2杯。3杯目になるとお腹を壊してしまっていました。しかも、毎日は飲んでいませんでした。

 

いつからコーヒーの摂取が増えていったのかははっきり思い出すことができません。気がつけば、カフェインに体が慣れたのか、3杯以上飲んでもお腹が痛いと認識しなくなっていました。むしろ、コーヒーを飲まないと便通を感じないようになっていました。

大体は、午前と午後に1杯ずつという感覚で飲んでいたと思います。それが、いつからかどんどん増え、今年の4月、5月ぐらいには1日に4〜5杯も飲む日もありました。

 

style.nikkei.com

 この記事によれば、成人(体重60kg)で1日に3mgまで、1回180mまでが最大摂取量ということですから、コーヒー1杯180ml ぐらいとして、5杯で900ml、カフェインの量は多い日で5mg以上も取っていたことになります。完璧なカフェイン過剰摂取でした。

 

さて、私のカフェイン断ちですが、まず、朝飲むコーヒーを辞めました。

カフェイン離脱の症状はすぐに始まりました。別の飲み物を飲もうとお湯を沸かしているだけで、すぐにコーヒーを入れている幸せな自分の感覚に意識が向きます。

 

いやいや今日はコーヒーは飲まないよ。そう自分に言い聞かせ、ルイボスティーハーブティーを飲みました。初日から始まった頭痛は、2日め、3日めにかけてどんどん酷くなっていきました。

 

4日目に、味の違うお茶で自分の脳をごまかすしかない!そう思って、うっかりほうじ茶を飲みました。すると、一口飲んだら、ものの数十秒で、急激に頭痛の痛みがひいていきました。頭もスッキリしてきます。

 

あれ、何だか気分がいい、爽快だ!

 

そう思ったら、夫が、

「ほうじ茶にもほんの少しカフェイン入っているよ!」と言いました。

 

「え、うそ?」

 

すぐに調べてみたら、コーヒーよりはかなり少ないものの、ほうじ茶にもカフェインが含まれていることがわかりました。

あーあ、4日間も我慢したのにふりだしに戻ってしまいました。

 

それにしても欲しているカフェインをすぐにキャッチできる人間の身体のセンサーはすごい!

 

せっかく決意したカフェイン断ちです。ここで諦めるのは嫌だと思いました。

個人差が大きいようですが、カフェイン離脱症状が抜けるのに、大体1〜2週間はかかるそうです。

 

私の場合、カフェイン離脱症状が苦しくなくなるまで、2週間ほどかかりました。頭痛に加えて、5日めぐらいからは眠気が出てきました。朝から晩までとにかくぼんやりした意識で1日を過ごしていました。眠くて眠くて、気がつくとうとうとしてしまう、そんな感じです。

 

私、ついに、カフェイン卒業できた!

というような劇的な変化を感じることはなかったのですが、いつの間にか、朝起きるのが以前ほど苦しくなくなり、頭痛もなくなっていきました。3週間目になると、さすがに、カフェイン断ちができたんだなと実感しました。

 

カフェイン断ちの効果としては、夜の寝付きがよくなりました。以前よりもよく寝られるようになったせいか、顔のくまが目立たなくなって肌のくすみが改善されたような気がしています。花粉症の影響もあって、首から胸にかけて肌が荒れてガサガサしていたのも良くなりました。

 

何より大きな効果として認識しているのは、よくわからない焦燥感にとらわれるという感覚がなくなりました。不思議です。カフェイン断ちを頑張って達成したことで、自分の中で自信になっているのか、気分が前向きになってきたような気がします。

 

やったー、私、頑張った!

 

というわけで、次の目標として、一年越しで全く達成できていないままのダイエットを今度こそ頑張ろうかなと考えています。

 

カフェイン断ちをしたあとは、依存症にならない程度になら、摂取しても大丈夫みたいですが、今のところ、以前のようになるのが怖いので、もう少しカフェイン断ちは続けようかなと思っています。

 

 

カフェイン断ちをしていると言ったら、義妹がこのデカフェアールグレイを買ってくれました。